Photo credit: jayRaz via VisualHunt / CC BY-NC-SA
ぼんやりとした視界に世界の全てが閉じ込められている。
その球のどこかから射し込んでくる光は優しく、世界のすべてを照らしている。
赤い色が丸くなって黒から紺色になる空の端っこで混じりあってる。
ああ、きっと僕を迎えに来てくれたんだ。ここじゃないどこかへ連れて行ってくれるんだ。
なんて綺麗なんだろう。
僕はうっとりして再び目を閉じようとする。でも身震いでそれをやめる。寒い。
そうだ、朝だ。いつも通りの。
僕が見たのは鼻先についた小さな雫だ。
そうだ知っているよ。眠っているうちにまたあの匂いのない白い煙がやってきたのだろう。
その煙が来るたびに僕はこの雫を見ているのに、いつもいつも馬鹿みたいに騙される。
騙されたっていいさ、あの気分のまままた眠れるなら。寒ささえなければなあ。
でもこうしてはいられない。
僕は僕の身体を舐めなければいけない。
今のうちに喉を潤さなければいけない。
舐める。
自分の身体を隅々まで残らず。
少しだけ力が湧いてくる気がする。
と同時に僕の味がする。
その時いつも少し落ち着かない気持ちになる。
なぜだかはわからない。
僕の味は、僕の味ではない何かの味がする。
僕の喉の奥にかすかに残る味。
僕が何かに優しく噛みついた時の味。
ああ、もう雫はなくなった。
いつも足りないんだ。
残らず全部舐めたのにまだ喉がカラカラだ。
何か探さなきゃいけない。
できればあの柔らかい肉と血を手に入れたい。
ネズミでも地リスでもウサギでもいい。
でもそんなものはこの辺にはめったにいない。
腐っていても構やしない。
肉の匂い以外の恐ろしい匂いがするのがちょっと怖いけど、意外と食べられるところはたくさんあるもんだ。骨をかじったっていいんだ。
それに肉を求めて降りてくる鳥を狙うのもいい。
今まで成功したことは一度もないけれど。
あのうんざりな噛み心地と喉に刺さるちっぽけな奴らでもいい。
名前なんかしらないけど、あれは肉とは言えない。
足が何本もあってすばしっこくて飛ぶやつもいる。
美味しくもないのに奴らを追いかけるのには本当に骨が折れるけれど、何もないよりはマシだ。
それに奴らはウサギなんかよりは賢くないんだろう。
飛ばない奴なら捕まえるのは簡単だ。
ついていれば、何かの実を見つけられるだろう。
あまり力は出ないけど、喉だけは潤せる。
実は逃げないからいい。
でも今見えるところには草も木もありそうにない。
最後におなかがいっぱいになったのはいつのことだろう。
その時だけは歩かなくていい。
日陰を見つければ昼間でも眠れる。
そんな時かならず耳の奥で聞こえる。
その時にしか聞こえない声で。
小さなあんよ
ずっと跳ねてる
こっちにおいで
お鼻をうずめて
お目めを閉じて
フィンチがつつきにくる前に
とにかく歩くしかない。
粉っぽい地面に鼻先を向けて歩いているうちに首の後ろが焼けるように熱くなってくる。
とにかく日陰を探すこと。
へびに気を付ければ岩場が一番いい。
いつかあいつを食べてやりたいけど、今の僕には無理。
へびのいない岩場があれば何日かそこにいたっていい。
でもなければ枯れた木でもいいんだ。
イガイガした細っこい草のの傍にうずくまるのだけはごめんだ。
何も見つけられないまま、あのギラギラしたやつはもう頭の上にいる。
夜が終わる時と夜が始まる時はあんなにやさしく綺麗なのに、昼間の奴ときたら悪魔だな。
僕を雫で騙すのもよく考えてみれば奴の仕業なのかもしれない。
まっすぐ見ることもできない。僕はイライラする。急いで日陰を探さなければ。
何かが歩いた跡がある。匂いがする。あの僕の味に似ている。微かにそれぞれ違う匂いが4つ。
どうして僕はひとりぼっちなんだろう。
僕のいるこの場所、それがどこまで続いているのかはちっともわからないけれど、ここでひとりぼっちなのは僕だけなんだろうか。
だっていつだってこの匂いを嗅ぐときはいくつかの匂いがくっついたり離れたりしてる。
どんな気分だろう。肉を探すときひとりじゃないって。喉がイガイガする時ひとりじゃないって。
何か言うのかな。何か言ったらまた誰かが何かを言うのかな。
僕は誰かと一緒にいたことがあるんだろうか。
生まれた時からひとりぼっちのはずはないよな。
でも思い出せない。
そういえば随分僕は声を出していない。
最後に声を出したのはいつだろう。
ああ、あいつに話しかけたんだった。
最後に食べた肉。
ネズミはもう息をしていなかったけれど。
熱い。
日陰はどこだ。
遠くに何か見える。
遠くはゆらゆら揺れて良く見えないけれど、何か大きなやつが立っている。
何かわからないけれど動かないやつだ。
きっと日陰がある。
あそこまで我慢して歩こう。
僕の後ろを見ても右にも左にも、赤く乾いた土しか見えないもの。
歩くしかないんだ。